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zoom RSS 「最後のジェダイ」が「最後のスターウォーズ」のようなつくりで感涙

<<   作成日時 : 2018/01/12 11:10   >>

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 昨年のローグワンが、あまりにもペラペラのパクリ映画となり、エピソード7がよくも悪くもJ・J・エイブラムス映画となっていたのに比べ、今回は同じ本家引用多数でも、ここまでの完成度を達成できて、そして逆にこれで終わりにしましょう的な仕上がりとなっていることに、映画の進行とともに涙がにじみ、深い感慨を覚えました。

 ルーカスが思わず「奴隷商人に売った」と失言しまったような状況は、さらに加速していて思いつく限りの商品が売り出されています。
 



 しかし、これは経済全体がそうであるので、昔はグラビア雑誌で儲けていた程度のところから、商品を作り出し売ってお金を回していく人類社会の進展に呼応しているためで、最初の、無垢な精神のエピソード4のような映画を今作成すれば、なんだこの子供だましはと思われるであろうことを思えば、受け入れなければならないのかもしれません。




 何年前だったか忘れましたが、NHKでエピソード1から順番に放映する初の試みなどと打って、特別番組を放送したとき、デーブ・スペクターが、エピソード4が公開された時、色んな宇宙人と同じテーブルについて話をするシーンが多様な人種と対等につきあうような初めての映像であって、それに衝撃を受けたと話していました。
 今回は、前作以上に多様性を強調していますが、それはすでに当たり前のこととなっていることにも時代を感じました。

 (ネタばれ→)オールドファンとしては、ヨーダとルークが、語り合ったのちに火を前に座っているシーンに涙がにじみました。最初の無垢な精神の映画から、難民や格差をも中に入れこまなくてはならなくなっている時代を表した映画となって、スターウォーズは終わりを迎えたのかなと思ってしまいました。(もちろん、その頃も多様な問題はあったのですが、監督自身や映画産業自体も生まれてからまだまだ若い)

 


 この、新人の監督の力量は抜きんでています。あきらかに、レ・ミゼラブルの長い箒をもった可哀そうなコぜットを思わせるシーンであっても、少しも不快感を感じません。自然に観客を導いてメッセージを伝えています。



 映画のブログのはずが政治ブログとなってしまっていますが、エピソード8のライアン・ジョンソン監督の作品は追っていこうと思いました。

Rolling Stone誌にも絶賛の記事


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